2025年10月、新潟で新しいモジュラーシンセイベントが立ち上がりました。その名も「音浴座敷(おんよくざしき)」。会場となったのは、新潟駅から車で10分ほど、白山公園内にある「燕喜館(えんきかん)」です。明治時代に建てられた歴史的建築物を舞台に、当日は会場の隅まで埋まるほどの大盛況。公演中には隣室で能楽の演奏が始まり、その場限りの即興セッションが繰り広げられるなど嬉しいハプニングも。
今回、Patching for anythingでは新潟で動き出したモジュラーシーンにフォーカス。「音浴座敷」を主催するモジュラーシンセプレイヤー・靄(もや)さんに、モジュラーシンセにであったきっかけから、新潟の電子音楽カルチャー、そして今後の展望について伺いました。
「最初にモジュラーシンセが届いたときのワクワクが忘れられない」

靄さんがモジュラーシンセに出会ったのは、社会人になってからのことでした。
「大学時代は軽音楽サークルでバンドをやっていましたが、就職をきっかけに東京から地元・新潟へ戻ることになり、一緒に音楽をやる仲間がいなくなってしまいました。数年が経って、バンド活動はもう諦めていたころ、『バンド音楽以外も聴いてみよう』と思い立って、エレクトロニカやアンビエントを聴き始めたんです」
やがて、「このサウンド、どうやってつくってるんだろう?」という興味が芽生えたといいます。
「そこからシンセサイザーやグルーブボックス、サンプラーを使った“マシンライブ”の存在を知り、YouTubeでさまざまなプレイヤーの動画を見漁るようになりました。そのなかで、『macaroom』というユニットのアサヒさんの動画で初めてモジュラーシンセを知り、強く惹かれました。また、お雑煮さんのチャンネル『My First Synth Tokyo』もよく観ていて、それがこの世界に入るきっかけになったと思います」
それ以来、モジュラーシンセに憧れていたという靄さん。しかし金銭的ハードルが高く、最初の1年ほどは、グルーブボックスやサンプラーなどで演奏していました。それでもやはりモジュラーシンセが欲しくなり、思い切って購入に踏み切ったそうです。
「実物を見ずに購入したので、届いたときは『意外と小さい!』というのが最初の印象でした(笑) ずっと憧れていた機材だったので本当に嬉しかったですね。モジュールをひとつずつ箱から取り出してケースにマウントしていくときのワクワク感は、今でも忘れられません」

靄さんの演奏スタイルは、短いフレーズの繰り返しを主体にしたアンビエント。頭の中に情景が浮かぶような音や、物語性のある展開を意識しているのだとか。
「機材は、ユーロラックをSergeのモジュール中心に構成していて、全体的にはシンプルです。最近はモジュラーシンセ以外の機材も再び購入し始めているので、今後はそちらにシフトしていくかもしれません」
モジュラーシンセを使った音楽活動。周囲の反応はどのようなものなのでしょうか。
「周りからは『珍しいね』と言われることが多いです。ほかに県内にモジュラーシンセのプレイヤーがいるか聞いても、だれも知らなくて…。実際、自分も最近までプレイヤーさんに出会うことができませんでした。一方で、モジュラーシンセという存在自体を知っている方は意外と多い印象です」
新潟で前例のないモジュラーイベントがつないだもの

去る10月4日、靄さんはモジュラーシンセサイザーに特化したアンビエントライブ「音浴座敷」を開催しました。
明治時代の建築が印象的な「燕喜館」の座敷を舞台に、新潟・福島・東京から5名のプレイヤーが出演。靄さんはこのライブの開催にあたり、ある地元のイベントからインスピレーションを受けたといいます。
「新潟では『Experimental Rooms』という前衛・実験音楽のイベントが定期的に開催されていて、ライブハウスやクラブではなく、お座敷やお寺など少し変わった場所を会場にしています。そのイベントを見に行った際に、『お座敷でモジュラーシンセのイベントをやったら面白そうだな』と思ったのがきっかけでした」
新潟市内には歴史的建築物をイベント向けに貸し出している場所がいくつかあります。靄さんは「これを利用しない手はない」と会場探しをスタートしました。
「ちょうどお雑煮さんが『10月ごろに東北・北陸ツアーをする』という話を聞き、そのタイミングに合わせて実現することになりました。把握する限りで、新潟でモジュラーシンセだけのイベントが開催された前例がなかったので、今回はモジュラーシンセのプレイヤーだけを集めたイベントにしたいと考えていました」
おそらく新潟で初めての試みとなるイベント。反響は予想以上のものでした。
「正直、主催しておきながら『こんなニッチなイベント、新潟でやってもお客さん来ないだろうな…』と思っていました(笑) しかし当日になってみると会場は満員で、出演者もお客さんもモジュラーシンセを囲みながら楽しそうに交流していて、本当に嬉しかったです。歴史的建築物とモジュラーシンセの対比や空間と音楽の調和など、様々な要素がうまく噛み合って素晴らしいイベントになったと思います」
新潟には「ニッチなシーンを受け入れる土壌がある」
新潟には独自の電子楽器シーンがあり、SNSで話題になることもしばしば。Model:Cyclesを使って環境とリンクさせた音楽を展開するTAKEO WATANABEさんや、Digitoneを軸としたハードウェア中心のライブセットを展開するMasaaki Hagaさんなど、新潟から国内外へ向けて発信しているプレイヤーも。
そんな新潟のシーンの魅力について伺いました。
「新潟県内では、前衛・実験音楽のイベント『Experimental Rooms』が20年間続いていることや、sheyeye recordsさんをはじめとした素晴らしいレコード店があることもあり、実験的な音楽を受け入れる土壌は他の地域よりもできていると思います。今回『音浴座敷』を主催してみて、プレイヤーやオーガナイザーが“自分たちの表現をどう届けるか”を工夫すれば、たとえニッチなシーンであってでも、リスナーはきっと好意的に受け止めてくれるのではないかと感じました」
一方で、靄さんはこうも話します。
「電子楽器のプレイヤー人口はまだまだ少ない印象です。それぞれが個々に活動しているため、モジュラー/マシンライブを盛り上げる“場”が今後増えていけば、もっとシーンが広がっていくのではないかと感じています。都心に比べるとできることは限られてきますが、身の回りにあるもの、地域にいる人たちでいかに面白い表現を生み出すか? そこが課題であり、面白さでもあると思います」
県内外のアーティストが集う“電子楽器の交流拠点”を目指して

電子楽器を体感できる場所が増えれば、シーンがより広がっていく。そう話す靄さんに、今後の展望を伺いました。
「『音浴座敷』を開催してみて感じたのは、モジュラーシンセに限らず、前衛的・実験的な活動をしているアーティストや、そうした音楽に興味を持つリスナーは確かに存在しているということです。今後は県内のアーティストや、モジュラーを通じて出会った県外のアーティストたちと一緒に、独創的なイベントを企画していけたらと考えています」
好評に終わった「音浴座敷」も第2回の開催を検討中とのこと。
「時期などはまだ未定ですが、今後はモジュラーシンセを始めとした電子楽器プレイヤーに限らず、サイトスペシフィック(※)な表現に興味があるアーティスト・リスナーが集まるイベントにしたいと考えています。出演者大募集中です!(笑) これからも自身の音楽活動に加えて、『音浴座敷』をはじめとする独創的なイベントを新潟で続けていけるよう頑張っていきます」
※サイトスペシフィック:ある特定の場所で、その場の特性を活かして制作する表現のこと
靄(moya)

2023年よりSNS上で電子楽器演奏動画の投稿をメインに活動開始。アンビエントを中心に、頭の中に浮かんだ情景を音で表現する。新潟県にて「歴史的建築物×アンビエント・ミュージック」をコンセプトとしたイベント「音浴座敷」を主催。

