電子楽器に限らずあらゆる音楽家、クラブ文化においてDJやパフォーマーを束ねてイベントを企画する人を、パーティ・オーガナイザーと呼びます(ライブ文化ではイベンターと呼ぶそうです)。
クラブやライブハウスなどの場所の確保からコンセプトの設定までイベントのプロデュース業務を行う仕事であり、もちろんプロミュージシャンでなくともアマチュアのオーガナイザーを沢山います。
今回はそんな中から東京早稲田のDJバー「茶箱」にて古くから行われている電子楽器パーティ「二水(にすい)」のオーガナイザー・ここう氏にインタビューを行いました。

—グルーブボックスやシンセサイザーを始めたい時にここに来れば良い、と噂を聞いて出向き始めたのがきっかけですが、
自分が知る限りだいぶ長くやられていると思いますが、二水の発足からどれくらい経つのでしょうか?
二水としては、2016年10月からやっているので8年ですね。
前身のイベントで「electribe workshop」というのがあるのですが、これが2008年8月スタートなので前身含めると15年やってる事になります。長いですね。
—かなりの歴史がありますね。長く運営されていると様々な苦労や試行錯誤が伺えます。
二水は一般的なライブイベントのようにタイムテーブルが全て演者で埋まっているわけでもなく、
自由な座談会やプレゼンテーションなどが多い気がします。これは意図があってそうしているのでしょうか?
ありがとうございます。実際、試行錯誤してますし、これからも試行錯誤するんだろうなと思います。
ライブ中心でないのは意図的にそうしています。二水は「GrooveBox初心者に、最初の一歩目を踏み出す切っ掛けを作りたい」というのを目的の一つにしていて、初心者が話しやすい雰囲気は意識しています。「飲み会」という様な紹介をしているのもその一つです。ただ実際始めてみるとメンバーが技術者なのもあってか、マニアックなプレゼン回もまあまああったりして「何が初心者むけじゃ」と言われそうな感じですが。

—初心者にターゲットを絞り敷居の低さを徹底して貫いているのは立派な事だと思います。
これなかなか難しい事で運営側のスキルが上がると客層のスキル向上も求めてしまいがちなんですよね。
客層の舵取りの難しさも、結局は運営者と似たような人間しか集まらないのは仕方ないですよね。
硬い印象を与えがちな技術畑の人達が集まる催しを、
敢えて「飲み会」と最も緩いキャッチコピーを使ってバランスを取っているのも運営戦略の一環でしょう。
会場である茶箱も昔からマニアックなオタク文化との親和性の良さがありますし、
意図せずともオタク文化の隆盛期という時流に乗った流れを感じます。
それでいて古くからのクラブカルチャー、特にテクノの文化もしっかりサポート出来ている、
稀有なお店に思えますね。このあたり今のアニクラ専門箱には届かない域かと思います。

話変わって2000年前後のIT革命以降、
不良がカッコいいとされる時代からオタクの時代に移り変わった実感がありますが、
革命を起こした側に近いここうさんから観て世間の価値観がどう変わったか、
アニメやゲームの文化がクラブ音楽のシーンにどう影響を与えたか伺いたいです。
近いというか、たまたま現場に居た感じですよね。眺めていた感じ。記録を取ってたら良かったのに、と少し悔しく思います。
アニメ・ゲーム・音楽について研究や考察をしたわけでない僕が、その影響を文章に残る形で語るのは烏滸がましく気が引けるので、
飽くまで「僕個人の主観」でという前提で話しをさせて下さい。「※個人の感想です」って画面隅で言い訳してるやつ、あれ込みの話です。
僕なりに今考えてみたのですが、僕の主観だと、クラブミュージックで明確にアニメ、ゲームの影響を受けたと言えるのは、ハードコア・ナードコアだけで、その他のクラブミュージッはジャンルとしてあまり影響を受けていないと思います。
一方で、印象の話ですがアニメ・ゲーム、いわゆるオタクカルチャーが一般化したことで『クラブでかかる音楽』は様子が変わったなと思います。コスプレダンパの流れを汲んだアニクラが人気になって、その中でクラブ映えする、低音やキックの効いたアニソンが増えてきた。とかそういう印象を持っています。
ゲームの影響で言うとビートマニアと、そこから派生したBMSの影響はあるかもしれません。今言う「音ゲー」の始祖ビートマニアをフォーマットにしたBMSって同人のゲームなのかな?が有るんですが、自分で曲を作れたんです。これで作曲を覚えて、そのままクラブミュージックにも興味を持って、その後クラブトラックの作曲家として活躍している人が居ます。そういう意味では初音ミクとかニコニコ動画も同じですかね。ただ、ニコニコ動画までいくと大きすぎて「オタクカルチャー」というより「当時の子供の一般教養」という感じがしますね。岡田斗司夫が「オタク イズ デッド」を言った後ですし。
※用語解説
ナードコア:
1990年代後半から2000年代にかけて登場した、
日本国内においてアニメ、テレビ、サブカルチャー等から無許可でサンプリングし、
ハウス, テクノ, ハードコア・テクノ等に落とし込んだ音楽。
コスプレダンパ:
コスプレ・ダンスパーティの略。
80年代の日本のディスコ文化とアニメ文化の融合カルチャーで、
アニソン、ユーロビートなどがかかり「振り付け」も存在するなど、
90年代に勃興した狭義での「クラブ」とは対極的な価値観がある。
歴史は意外と古く80年代の同人誌即売会から始まったと言われる。
BMS:
KONAMIの音楽ゲーム「beatmania」を元に
90年代末に開発された音楽ゲーム用のファイルフォーマットで、音楽制作や演奏も可能。
この仕様が根強い支持を受けアマチュアの制作者がサイトに投稿、「音ゲー」シーンを作る。
—なるほど。僕らが知っている初音ミク以前からアンダーグラウンドでそういうシーンがあった訳ですね。
オタク文化にもオールドスクールとニュースクールがある、という事でしょう。
「BMS」は初耳だけど興味深いです。
Youtubeで検索して聴いてみると派手なトランスがほとんどでしたが、
作られた年代を踏まえると決してクオリティの低くない物ばかりですね。
そしてここうさんご自身は「たまたま現場にいた」との事ですが、
どのような経緯で現在の活動に繋がっているんでしょうか?
BMSにトランスが多いのは時期的な理由ですかね。確かにメロディアスな音楽が好かれていた気がします。
オタクイベントとクラブイベントの両方を観ることができたのは、環境に恵まれていた事が大きいです。やりたいことのお手本が側にあったというか。
友達に教えてもらいながらDJを始めたのが22歳ぐらいなのですが、その友達がコスプレダンパをやっていて、クラブイベントの作り方みたいなのを側で見せて貰いました。他にも当時東京ゲーマーズナイトグルーヴ、ガストノッチなど、クラブミュージックを聴きながらゲームをするオタク的なイベントがありました。それらをお手本にしながら自分でもExTENDというイベントを立ち上げました。そんなゲーム系イベントを主催していた縁で、ゲームミュージックとテクノをマッシュアップするGAMSICという同人レーベルにも所属しています。この時期はまだオタク的なイベントが少なかったので、近い活動をしていた人はみんな繋がっていました。そこで繋がった人たちが00年代・10年代に次々と面白いことをやっていた。っていう感じですね。関わったものも関われなかったものも隔てなく思いついたものを挙げますがMSQ、LoZicalDash!、練乳ナイト、ミサヰル、ムネオハウス、BITLOOP2000、linear、response、ハチロク、Reanimation、音撃などのイベントをすぐ側で観ることができたのは僥倖としか言えないですね。
オタクとクラブイベントの交差点に居合わせた経緯についてはこんな感じなのですが、今の二水の活動にどう繋がるかというと、ちょっと難しいです。DJをする時はゲームネタ使いますし、求められていると思っているんですが、作曲や機材を使った活動の中では今の名義でオタクのそれと混ぜることは避けています。ほら、おおっぴらにやる事は良しとしない風潮ですし。
ただ、説明するのが難しいですが、二水の「機材への突っ込んだテーマ決め」なんかはオタク気質だからだと思うし、文章や喋りのテクニックなんかはイベント運営の中で鍛えられたものです。さらにイベント運営のノウハウやコネクションは昔から綿々と継いできたものなので、あの日々があったから今、二水を主催できているというのは間違いが無いですね。なんか、口に出してみるとめっちゃ影響ありますね(笑)。
自分自身DJとしてパーティオーガナイズ活動を長くやってましたが、
ここうさんとは同世代の筈なのに、全く知らないイベント名ばかりで驚きです。
続いて過去の話から現代〜将来の話をしたいと思いますが、
近年ネットやSNSを賑わせているVRDJ又はVRライブイベントについて見解を聞かせてください。
最近チラホラとDJだけでなくマシンライブ、果てはモジュラーシンセのライブをVR環境でやる人がいると
SNS上で見かけていますが、そういった環境を未体験な自分には全くの未知な世界です。
ここうさん自身はVR環境で遊んでいらっしゃるのを目にしてますが、
VR環境でのDJプレイやパーティオーガナイズの経験はお有りでしょうか?
またそのシーンの将来性や、僕らのようなリアルでDJ/ライブをしている層が開拓する余地はあるのか、
フィールドとしての魅力はどんな所にあるのか、そのあたりを教えて下さい。

VRを使ったDJ・ライブイベントですね。ごめんなさい、実は僕自身「行っています」と胸を張れる程は行けていないんです。仕事と生活時間を引いた可処分時間の中で細々と遊んでいる感じですね。VRでのDJ・ライブでの参加は数える程ですし、イベント主催は行っていません。ただ、面白いとは思って居て、時間を見つけては友達のイベントを覗きに行ったりはしています。
ですが、例えば都内で既に現実のコミュニティを持っていてそれで足りている人が、新しい表現の場としてVRに飛び込む必要があるかというと、まだちょっと難しい所があります。理由は2つあって、一つはコスト的な理由、もう一つがパフォーマンス的な理由になります。
コスト的な理由は単純に機材が高いという話です。今一番安いVR機材はquest2になりますが、これが6万円弱、ライブやDJをやりたいならカメラやPCも必要になりますし、ストリーミングの知識も必要になり、この勉強に時間コストを使う事になります。
次にパフォーマンス的な理由です。先ほどすこし触れましたが、今VRで行われているイベントの殆どは、ワールドと呼ばれる箱庭に大きなモニターを置いて、ライブやDJの動画をストリーミングで流すというものです。EQやプラッターを弄ったりする動作をアバターと同期するには機材を買い足す必要があり更にコストかかります。そのコストをかけても、つまみを触ったりとかいう細かい動作まではまだ再現できないので、どうしてもストリームカメラに頼ることになります。「VRならでは」みたいな表現にはまだ至れていない。という印象です。

ただ、今VRで頑張っている先駆者達が居て、その人達は日夜知恵を絞って面白い事を考えています。リアルのフロアとVRを繋いでコミュニケーションを取るイベントも増えてきましたし(DualStack、新作発表会&SoundGeek)、ResoniteというVRプラットフォームでは、フロアに居る人が次々にワールド(リアルイベントで言うと、箱)を改変していくみたいな事ができるので、イベントが終わる頃には箱の装飾がまるっきり変わってる。みたいな変なイベントの話を聞いています。

演者としては今ひとつ難しいですが、受け手として参加するのは面白いので1度やってみる事をオススメします。たとえば、自宅から一瞬でクラブですし帰るのも一瞬です。そのためかイベント時間が2時間とか1時間とかいうイベントが結構あります。サクッと楽しめる。クラブで友達と会話するのに、音楽が大きすぎて話が伝わらないとかありますが、箱の音量はスタンドアロンで変えられるのもVRならではです。
もうひとつ。VRのコミュニケーションは年齢や容姿を(場合よっては性別も)隠すので、対等な関係を築きやすいのは利点の一つです。若い人に対等に扱って貰えるのは、単純に新鮮ですね。
ありがとうございます。
やはりコスト面でのハードルが高いのは予測してましたが、
パフォーマンス面でもしばらく待つ必要がありそうですね。
ただこの分野は日進月歩で発展していくだろうから期待して待っています。
VRならではのメリットが普及したら楽しいフィールドになりそうです。
最後になりますが、
二水@早稲田茶箱のアナウンスをお願いします。
二水@早稲田茶箱 はグルーヴボックス、シンセサイザー好きの為の飲み会です。
買ったものの使い方が解らない、もっと上手く使いたい機材があれば持ってきて下さい。
使い方を知っている機材でも、他の人の使い方を観て、新しいアイディアが浮かぶかも知れません。
茶箱のレイオーディオスピーカーで鳴らす機材は自宅とはまた違う音を知る事が出来ます。
色々な興味に対応出来る飲み会となっていますので是非、偶数月の第二水曜日は早稲田まで要らして下さい。よろしくお願いします。
ありがとうございました。
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