モジュラーシンセサイザーをご存知ですか?
クラブやライブハウス、SNSやYoutubeで見たことがあるかもしれません。
ケーブルだらけの機械から奇っ怪な音を出すアレです。

一般的に「シンセサイザー」といえばボタンの並んだ鍵盤楽器を想像するでしょうが、モジュラーシンセはそのルーツとも言えます。
シンセサイザーが進化する過程において「鍵盤の方のシンセ」が隆盛を誇る裏側で、「ケーブルの方のシンセ」も決して途絶えはせず独自の道を歩んできたのです。
現代においては「ユーロラック」というモジュラーシンセの規格が最も普及しています。
そのユーロラックモジュラーが伸びた原因が、比較的小規模なメーカーでも製造販売し易い事にあります。
諸々のIT革命により開発から販売までのハードルがグンと下がったこと、目まぐるしく変化する市場で大きな企業がなかなか参入しづらい中、個人のビルダーが一躍カルトヒットを飛ばすなんて話もザラにあります。
作る側に対して演る側はどうでしょう?
DTMの普及から作曲に対する敷居が低くなり、フィジカルに操れる電子楽器を望んでいた層、今までに経験した事の無い音を実験したい層、異形の楽器とビジュアルから興味をもった層、そういう人達に受け入れられてきました。
また簡単な電子工作で制作できる物も数多くあり、DIY派も多くいます。
思いのままに自分だけのシステムを構築する楽しさは男の子の願望を刺激するものですし、はたまた感覚と直感で操作できる事からイメージとは裏腹に女性プレイヤーも意外と多いです。
そもそもシンセサイザーの音の特徴は、音程の変化よりも音色の変化に重点を置いている事にあります。
これは他の全ての楽器よりもシンセサイザーが最も得意とする事で、奏者が曲の展開を作る上で有効に活用しています。
ミュージックとサウンドアート
普通、楽器を使って聴衆の感情に訴えるパフォーマンスを音楽と称しますが、それとは違うニュアンスで楽器楽典にこだわらず音響そのものを表現手段とする「サウンドアート」というものがあります。芸術家の言葉遊びのように聞こえますが、モジュラーシンセはサウンドアートと相性が良く、サウンドアートという言葉を
意識するしないは別にせよ、その領域に片足を突っ込んでいるケースが多いです。
リズムが無い、メロディが無い、一般的な音楽理論を無視する事も多いモジュラーシンセの音楽は、特に他の音楽家からの理解や共感を得られない事もありますが
音自体が表現手段に成り得るのであればそれで良いのです。
「ふ〜ん、世の中にはそういうものもあるのか」
といった捉え方で十分です。
モジュラーシンセは一般的な音楽のセオリーから抜け出すのも、居続けるのも自由でいられる。そういう楽器、だと認識してください。
このため、「ノイズミュージック」や「ドローンミュージック」など、一般的な音楽らしい音楽とはかけ離れたものも広く受け入れられています。
サウンドアートといった小難しい分野でなくとも、「SF映画のサントラにあるような音」と聞けば容易に想像できるでしょう。
スターウォーズ、2001年宇宙の旅、ブレードランナーなどなどこれらのレトロフューチャーな効果音や音響効果はモジュラーシンセが使われており、(もちろんモジュラーだけではなくシンセサイザー全般でしょうが)それらSF映画のファンからこの分野に入ってきた方も少なくないでしょう。
ツマミとケーブルだらけの機械といったビジュアルデザインも、SF好きの好奇心を存分に刺激するものでもありますね。
テクノとモジュラーシンセ
80年代に生まれ1990年代に隆盛を誇り、現代でも脈々と受け継がれているテクノを中心としたダンスミュージック、 日頃から新しい音を模索しているクリエイターもやはりモジュラーシンセを受け入れてきました。
これらの音楽は元々「ドラムマシン」と言われるドラム専用の電子楽器から始まったのですが、その延長線上のものとして、ユーロラックを捉えている模様です。

ドラムマシンからグルーブボックス、DAWと時代によって進化してきたテクノは、当然ながらモジュラーのノウハウも活用しだし、他の電子楽器とはひと味違う作品が作られています。
モジュラーシンセと他の電子楽器との違い
今現在、電子楽器と言えばDAWに入っているソフトウェアシンセが主流で、どんな音楽でも幅広く利用されています。
またテクノの項で紹介したドラムマシンも最新の技術でリメイクされ続けています。
それらに対してモジュラーシンセのアドバンテージは、なんといっても即興性にあります。
直感的でギターやピアノといった一般の生楽器のように長期間の訓練も要らず、ツマミをひねる、ケーブルを差し替えるといった単純な行為で音を自在に変えられるモジュラーシンセは、やはりライブで映えるものです。
ギタリストやベーシストがモジュラーシンセに転向する事も多いのはその為でしょう。
音楽制作に利用している人ももちろん居ますが、ユーザーの大多数はライブツールとして捉えていて、ライブハウスやSNS、Youtubeを主なフィールドと捉えています。著名なアーティストも同様で、普通の楽曲作品としてリリースされているものは少ないでしょう。似ている音楽ジャンルでありながら制作目的がメインのDAWとは大きく違いますね。
極上のメディテーションツール

モジュラーシンセ・ユーザーの中には、ライブはしない曲も作らない、ただ自身の為だけに演奏をしている人というのが多い点もあります。
この割合が他の楽器に比べて非常に高いのもモジュラーシンセの面白い所です。
ドローンやノイズ、アンビエント系の音楽を作りやすい事もあり、表現活動ではない楽器演奏にハマり、数十万どころか数百万円を投資するような人も珍しくありません。
モジュラーシンセの音楽ジャンル
他の楽器やツールよりもジャンルの壁を跨ぎ易い事もあり「モジュラー音楽」とも言われてしまいますが、それでも何となく、は分類できます。
もちろんクラブのようにイベント全体がそのジャンルで統一されている事もあれば、様々な音楽ジャンルをモジュラーシンセという機材ジャンルで括ったイベントもあります。
・テクノ(を中心にしたダンスミュージック)

DJ出身者も多いモジュラーシンセイベントでは、ライブハウスではなくクラブを使ったダンスイベントが盛んに行われております。
DJに混ざってプレイしていたり、ドラムマシン等のライブ(マシンライブ)と一緒に行なっていたりと多種多様ですが、おそらく一番探しやすいと思います。
・アンビエント

Momose Yasunaga
Youtubeなどで一般層にも認知されるようになってきたアンビエント音楽。
ライブハウスだけでなく、美術作品を展示しているようなギャラリーでも演奏されています。
また環境音楽とも言いますから、屋外での演奏も盛んに行われています。
激しく自己主張の強い音楽を好まない方々や女性にもお勧めできるライブです。
会場で眠くなったら寝てしまっても構いません。
・ノイズミュージック
客層で言えばロックの延長線上に居るような人達がモジュラーを使ってノイズミュージックを奏でているように思えます。
そもそもアンダーグラウンドなロックから派生したわけでもない筈ですが、実験音楽、前衛音楽のひとつであるノイズ・ミュージックが日本で独自に進化して
それが海外にも認知されてきたと聞いております。
シンプルに機械の轟音を奏でられるモジュラーシンセが彼等と相性が良いのは言うまでもありません。
単純な騒音ではなく自らの手で操れる騒音。
絶好の楽器と成り得ているのでしょう。
音楽のイメージは違えど、アンビエントと同じようにノイズもメディテーション・ミュージックと
捉えて楽しんでいる人達もいます。
・電子音楽クラシックス

POLARIS-KANDA
これは僕自身が最近思いついた造語なんですが、上記のテクノ、ノイズ、アンビエントのルーツとも言えるような演奏であり、そのどれにも分類できない、如何にもモジュラーシンセらしい音楽かもしれません。
最初期の電子音楽の系譜を辿っているような音楽だったり、シーケンサーではなく単純なランダム電圧信号でフレーズを奏でてみたりと、機械の特性を利用したメロディやリズムを組み合わせて行う演奏です。
モジュラーを手にして初めて通る音楽とも言え、その基本から自身の音楽の理想に応用していきます。
・生楽器とのコラボレーションや同時演奏
稀にではありますが、元々他の楽器を習得しつつモジュラーシンセと一緒に演奏するプレイヤーも居ます。
構成次第では直接手を触れなくても音色の変化を自動化できるので決して不可能ではないのです。
もちろん音色の相性やビジュアル的な演出、演奏時の緊張感は単体の楽器だけを扱う事よりはるかに難しいのですが。
無機質な電子音と有機的な生楽器の音が混ざっていくさまは、聴衆に新しい世界の扉を開いていきます。

Miya
モジュラーシンセを体験したいなら
ライブイベントに足を向けるのが普通ですが、まったくの未経験では彼等の音の何がどう凄いのかわかりづらいかもしれません。
そういう方々の為に、ライブをしない交流目的のパーティもあります。
持ち込みの電子楽器をならしたり、人の機材を触らせてもらえるような「ライブレス・パーティ」があります。
こういう所には、「ライブをするまでもないけど大音量で自分の機材を鳴らしたい」といった人や、「モジュラーシンセに興味はあるけど楽器屋で触ってもピンとこない」なんて人も集まりますし、普段はライブをやるような人達も情報交換や雑談、人脈を増やしに来ています。
これらは比較的小さな規模の店、ライブハウスやカフェなどで定期的に行われています。
基本的にモジュラーシンセのユーザーも他の電子楽器のユーザーも仲間に飢えている(笑)ので、初めての方でも歓迎してくれますよ。
動画でしか観たことがないという方はこういうライブレスパーティから始めてみるのが良いかもしれません。
在野の音楽家による文化の革命
1967年サンフランシスコで始まった社会現象サマー・オブ・ラブ、1987年イギリスの「セカンド・サマー・オブ・ラブ」とも言われるアシッドハウス・ムーブメント、2007年日本のニコニコ動画で興った初音ミクに端を発するボーカロイド・カルチャー。
これらは大衆による音楽革命とも言われており、レコード会社や権力者の手に寄らない、在野音楽家やアマチュアのクリエイターによって興されたものだとされています。その後のロックやクラブ、ボカロの隆盛を見ればその影響は計り知れないものだったとも予想できます。
さて、上の3つは20年おきに繰り返されているジンクスがありますが、3年後の2027年はどこから何が始まるのでしょう?
もしかすると僕達の知らない所で既に始まっているのかもしれません。
僕らモジュラーシンセのユーザーも立派なアンダーグラウンド・カルチャーの一員ですから「俺達で革命を起こしてやる!」などとおこがましい事は言えませんが、おそらくは革命を起こす側にかなり近いポジションにいるんじゃなかろうか、と思っています。
それが起こった時に若い世代を応援してやったり世界の移り変わりをこの目で確かめたいと思ってます。
DIYユーザーからの支持
システム構成を考える為に電気知識の勉強やネジ留めが日常作業となるので、必然的に機械いじりが好きな方とも相性が良く、いわゆるミュージシャンやパフォーマーとは違う畑の「ものづくり系」出身者もかなり居ます。
中学で習うような簡単な電子工作から3Dプリンタを駆使した本格造形、自分だけのアイデアを盛り込んだオリジナルの楽器を制作したりと、こちらの分野でも熱いシーンが出来ていて「プレイヤーではあるけどDIY初心者」を集めたワークショップ、終いには個人ビルダーやメーカーとして活躍している人も結構居ます。

Modular Labo – Shibasaki MOD
これからのモジュラーシンセ
メジャークラスの音楽アーティストの中ではモジュラーシンセを扱う人はチラホラ居るけどギターやドラム、ピアノなど既存の楽器に
成り代わるものではありません。
音楽を先の次元へと昇華させるものではなく、アマチュアの好事家に愛されつつ日陰で独自の進化をしていくものだと思っています。
モジュラーシンセ、特にユーロラック規格ではアナログシンセサイザーの枠を超えてサンプラーや最新鋭のウェーブテーブルシンセ、
グラニュラーエフェクト、はたまた実質パソコンにも匹敵するCPUを積みハードウェアの中にソフトシンセをインストールする、などなど最新の、
それでいて個人で存分に扱える技術がどんどん盛り込まれています。
また音楽に限らず映像をシンセサイズする行為も、(ビデオシンセサイザー)まだまだ高価ではありますがモジュラーシンセの世界で注目されています。
それをどう扱うか、どう楽しむか、そして何を表現するかは、プロの一流ミュージシャンではなく僕達アマチュアクリエイターの想像力にかかっています。
Text:ryotakojima
photo:sakana